第61回三三会クラス会

野上 保治(昭34卒)

 本年(令和4年)4月9日ホテルメトロポリタン高崎にて第61回三三会クラス会が開催された。三年ぶりの顔合わせであった。新型コロナ禍で卒業以後毎年続いていた記録は頓座した。しかしこのようなクラスは群大医学部始まって以来、有りますまい。入学が昭和30年、当時の学制では、大学の教養課程修了以上あるいは医学進学コースであっても医学部入学には改めて試験を受けねばならず、そのかわり全国どこの医学部でも受験可能であった。私どものクラスはほぼ半分は群大から残り半分は東大をはじめ大学は多彩であった。34年卒が何故三三会(さんざんかい)で通してきたかその由来については既に語られているので省略する。加えるとすれば上毛三山があった。33年卒クラス会の方々には悪かったのではあるが・・・。
 クラス会の開催場所は、伊香保中心に殆ど群馬であったが、東京で2回、鬼怒川、熱海でそれぞれ1回行われた。ゴルフの盛んな時代では必ずゴルフを伴っていたが、そのうちにゴルフをしない人からクレームが出た事が思い出される。それと三三会全体の中で最大のエピソードは平成9年群馬大学学長選挙に同級生二人が立候補したこと、土屋純と長町幸雄である。結果は工学部の赤岩学長となるのであるが、いきさつは略することとする。
 今回2年間の断絶の中で7人の仲間が亡くなり、計40人が鬼籍に入った。卒業時61人だから3分の2である。新版の同窓会名簿では白面が目立つ。しかし先に逝った仲間は私の推測では、多くの者は医師としての立場、辿る道は違っても自分の志はほぼ達成したのではないか、志に反したか、不十分と思われる人は1割に充たないのではないかと思える。
 さて当日の出席者は写真の10人と写真の撮影に間に合わなかった猿谷繁の11人であった。しかし会の雰囲気がいつもと違っている。活気がないと感じた。2年間の断絶にプラス年齢の影響かもしれない。何分にも聴覚はじめ老化の進んだ87歳から90歳である。一番若い山崎の話に救われ、栃木からかけつけた満川は久しぶりの出会いと夫人同伴で安心したのか泥酔状態となり一寸戸惑った。最後決まりのクラス歌「古い顔」の音頭取りを忘れ(これも老化)大木に指摘され会は終了。来年もと。4-5年前に酔っ払った某が俺は一人になってもクラス会はやるぞと叫んでいたのを思い出した。
 最後に断絶2年間の幹事富沢貴に感謝、死亡者多く大変であった。また、日頃の事もあるが常任幹事五十嵐俊弥が今回一人ですべてを設営したことに深謝する次第である。

なお古い顔の歌詞を掲載する。

古 い 顔
一 子供の頃に遊んでた 学生時代に付き合った
           いろんな友が居たけれど  みんなみんな今はない
  鳴呼懐かしい古い顔

 二 夜遅くまで座り込み 笑って飲んだものだった
   あの仲良しの飲み仲間 みんなみんな今はない
  鳴呼懐かしい古い顔

    三 恋もしたっけ素晴らしい 美人だったなあの人は
   今じゃ逢われぬ人の妻 みんなみんな今はない
  鳴呼懐かしい古い顔

                                              四 類の無いほど親切な 一人の友が居たけれど
                                                その友すらも捨ててきた 俺は本当に恩知らず
                                                               鳴呼思い出すことばかり

                                               五 心の知った友達は 兄弟よりも懐かしい
                                                      同じ家になぜ君は 生まれ来ては呉れなんだ
                                                             そうすりゃ今頃は傍に居る

      六 亡くなった友去った友 奪われた友いろいろの
     昔の友を語ろうよ みんなみんな今はない
    鳴呼懐かしい古い顔

第61回 群大三三会 クラス会(令和4年4月9日ホテルメトロポリタン高崎)のサムネイル

第61回 群大三三会 クラス会(令和4年4月9日ホテルメトロポリタン高崎)

         後列左より:堀口佳男 五十嵐俊弥 宮崎英智 乃木道男
         前列左より:渡辺修助 山崎統四郎 大木一郎 満川元亮 野上保治 浦野 恭