<人・話題/第四回>日本画家・池田真弓さん(高校32回卒)~水をテーマに描き続ける

 富士高校の卒業生に会うと、ああ、この人は、やはり、富士高卒なのだなあと思うことが多々ある。様々な道を歩むOB、OGに会い、その足跡を追うとともに、富士高生の気質や文化を探っていきたい。


 第四回は、日本画家・池田真弓さん(高校32回卒)。
 池田真弓さんの個展が杉並区善福寺のギャラリーで開かれる、という案内ハガキを受け取ったのは、7月に入って間もなくのことであった。会場となった「葉月ホールハウス」の主宰者である、岩河悦子さん(高校27回卒)からのハガキだった。「行こう!」とすぐに決めた。富士高校の卒業生が集まる場になりそうだという期待もあったが、何よりも、案内ハガキに印刷された絵のもつ不思議な雰囲気に惹かれたからである。水鳥が二羽いる、光あふれる水の表面を描いたものだ。池田さんはなぜこれを描きたいと思ったのだろう。

(案内ハガキの絵)

 緑豊かな善福寺公園に面して建つ「葉月ホールハウス」に、私はこれまでも何度かお邪魔している。外光を取り入れた、明るい会場内には、中央にグランドピアノがあり、テーブルと椅子が並んでいて、心地よく寛げる雰囲気である。訪ねたのは、土曜日の午後。富士高校管弦楽部で池田さんと一緒にビオラを弾いていたが方々が彼女を囲み、穏やかな空気が流れていた。

(葉月ホール入り口)

 富士高管弦楽部OB/OGが集う「富士オケの仲間たちの演奏会」で久しぶりに出会ったことをきっかけに、今ではビオラを弾いていた人たちだけが集まる「大ビオラ会」という会もできているという。池田さんは、高校に入ってからビオラを始めた。先輩たちの指導は厳しく、朝練・昼練もあって「運動部なみの厳しさだった」と、みなさんが口をそろえた。しかし、「合わせることの楽しさ」を味わった池田さんは、クラブ活動にどんどんのめりこんでいった。

(池田さんとオケの仲間たち)

 「授業では、美術を選択していました」という、美術も大好きだった池田さん。音楽も美術もどちらもやりたかった。高校3年生になって進路を決める際には、「ここで決めなくては」「後悔したくない」という気持ちで、ぎりぎりまで悩んだ。
 小学生の時に教科書で見た東山魁夷の絵の美しさを思い出した。学校では習ったことのない日本画。やってみようかなという気持ちになり、美術館へ行くと、「まだまだ知らないことがたくさんある」と思った。美大の日本画を受験することに決めた。
 家族を説得したうえで、夏休みからは本格的に美術の予備校に通い始める。2学期になってからも、5時から始まる予備校に毎日通った。そこで教えてくれる現役の美大生たちからの影響も大きかった。日本画の画材・岩絵具、墨、筆、紙、箔などの美しさにも惹かれていった。

(葉月ホールハウス)

 大学では、加山又造先生のほか、堀文子先生の授業も受けた。先生方は色や形、技法を教えこむのではなく、「何を表現したかったのか?」という質問を池田さんに投げかけた。自由に描きたいものを描かせてくれた。個性や自主性を尊重する教育が池田さんを目覚めさせた。
 動いているもの、変わるものに関心があった。大学2年のとき、初めて「水」というテーマに出合い、卒業生制作で描いた水をテーマにした作品は、加山又造先生から「面白いね」という言葉をもらい自信がついた。大学院に進んだ1年目、公募展「日展」に初出品した作品が初入選。つづいて、上野の森美術館のコンクールでも特別優秀賞を受けた。「日本画をやっていこう」「水を描くことをライフワークとしよう」との決心が固まったのもこのころだった。

(水をテーマにした作品)

 8月に入ってすぐ、池田さんの作品が展示された葉月ホールハウスの空間でギャラリーコンサートが開かれた。ピアノ演奏者の坂井みゆきさんは、池田さんと同じ32期。管弦楽部で一緒にビオラを弾いていて、大学では音楽の道を選んだ。二人で相談して選んだ曲は、水をイメージしながら作られた  「ドビュッシーやラベルの曲。演奏の合間に、池田さんの絵と音楽に対する思いが語られた。「曲を聴きながらいつも絵画の制作を行います。ドビュッシーのタイトルの選び方は聴く人のイメージをふくらませます。そこから示唆を受けて、私も絵を見る人のインスピレーションをかき立てるようなタイトルをつけたいと思うようになりました」。
 「水幻」「水に漂う」「映」「揺らぐ」「水紋」「宙水」など、確かに彼女の作品のタイトルを見ると、こちらの想像力の働きを助け、より深く絵の中の世界に入っていけそうな気がしてくる。柔らかいピアノの音色と池田さんの誠実な語りに導かれ、「作品作りの原点のところに触れてもらいたい」という思いがよく伝わってきたコンサートだった。

(息の合った二人でギャラリーコンサート)

 「上野の森美術館絵画大賞特別優秀賞」を受賞し、上野の森美術館に買い上げられた、池田さんの作品が開催中の「現代女流画家の視点-上野の森美術館コレクションー」展(5/11~8/18)で見られると聞いて、千葉県富津市・金谷美術館まで出かけた。40号の画面に広がる水の表面とそこに映り込んだ世界。音楽のように流れるものの中に、しなやかに身を任せて漂うことの心地よさを知っている彼女だけが描ける絵。20代初めのころの作品ではあるが、彼女の原点がしっかりとそこにある、と思った。

(千葉県富津市・金谷美術館での「現代女流画家の視点-上野の森美術館コレクションー」展)

 現在、池田さんは、都立高校2校と中高一貫制の私立校の3つの学校で、中学生や高校生を教える美術の先生でもある。教育実習は、富士高で恩師佐藤美智子先生のもとで受けた。佐藤先生の指導方法は、1~2ヵ月前にカリキュラムを提出させ、美術の授業の枠はすべて、一から池田さんに任せるというものだった。
 その後、佐藤先生が、富士高校のあとに着任した都立高校を退職するときに、池田さんは佐藤先生の後任として仕事を引き継ぐ。その時も佐藤先生と2ヵ月間、同じ職場で働き、その経験は今も土台となっているという。「教師として立ち止まることなく、いろいろな引き出しを持ってやってこられたのは、佐藤先生の厳しい指導があったからこそだと思っている」。
 日本画というと、すぐに掛け軸や襖絵を思い浮かべる子供たちに、「日本画のよさを伝えられたら」という願いがある。教師としての仕事と画家として「描きたいものを描いていく」という仕事。どちらも大切にしている姿勢が感じられた。
 いつも穏やかな表情の池田さん。そのしなやかさに包まれた芯にある強さで、これからも「大切にしたいもの」をしっかりと胸に抱いて、歩み続けていただきたい。

(高校27回卒・落合惠子)

池田真弓(いけだ・まゆみ)さん略歴
1961年 東京都杉並区出身
1986年 多摩美術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業(加山又造・米谷清和教室)
      第18回日展 初入選 以降出品
1987年 第5回上野の森美術館絵画大賞 特別優秀賞受賞
      第22回日春展 初入選 以降出品
1988年 多摩美術大学大学院美術研究科
1994年 第26回日展 特選受賞
1999年 第9回タカシマヤ美術賞受賞
2014年現在 日展会友、日本美術家協会会員
個展・グループ展多数