<人・話題/第一回>海野次郎さん(高校23回卒)~水墨画の世界を極める

 富士高校の卒業生に会うと、ああ、この人は、やはり、富士高卒なのだなあと思うことが多々ある。様々な道を歩むOB、OGに会い、その足跡を追うとともに、富士高生の気質や文化を探っていきたい。


 第一回は、水墨画家の海野次郎さん。
 築地・茶の実倶楽部で4月14日から19日まで、開催されている「海野次郎展」にお邪魔した。

 お茶の美味しい「うおがし銘茶」築地新店の5階にある会場に向かった。
 高い天井。モダンなアートスペースに海野さんの水墨画がところ狭しと展示されている。水墨画ならではの味わいのある作品もあれば、墨のなかに色を置き、心地よい緊張感を生み出している作品もあり、海野さんの世界に引き込まれていく。

 これまで「水墨画」は、単に、「墨で描かれた絵」と思っていたが、海野さんの話を聞くと、そんな単純なものではないということがわかる。中国から水墨画の技術がもたらされ、日本古来のやまと絵と習合し、狩野永徳や長谷川等伯など多くの画家がその過程で悩みつつ、試行錯誤を重ねてきた。そして俵屋宗達によって完成をみた、というのが海野さんの解釈だ。
 ところが、この貴重な伝統文化が、「現在の美術教育の中で、引きつがれていない」という。
 高校生のころ、何度も通った国立博物館のなかで、水墨画に接しているうちに、「描かれた水墨画が語りかけてきた」。
 海野さんにとって水墨画との出合いは運命的なものだったのだ。何百年も前に描かれた水墨画は、前衛的なダダの絵画と同じくらい、新しく創造的なものに感じられた。
 それ以来、どうしたらあのように描けるのかを考えてきたという。
 京都市立芸術学部日本画科で学ぶが、その答えは得られなかった。

(海野次郎さん)

 1986年、東京奥多摩町に転居。画房「曇華庵」を開き、水墨画の題材になりそうな風景と毎日接しながら、水墨画とは何なのか、その答えを求め続けた。
 なんとか満足できる作品を描けるようになり、東京で個展を開催したのは1997年。45歳の時だった。
 遅咲きの水墨画家を同期の渡邊由紀子さんらが応援。その後、水墨画を描きながら、さらにその本質を求め、探究を始める。

(同期でプロデューサーの渡邊由紀子さん)

(左=伊藤比呂美さんの詩に絵をつけた詩画集も制作、右=自ら詩を朗読)

 京都で出会った日本画の材料屋の伝手を頼って、筆師、紙屋、表具屋など、様々な人たちに会った。彼らは、かつての絵師たちが、どんな筆や紙を使って水墨画を描いたかを具体的に教えてくれる教師だったのだ。彼らから、伝統技術を学び取り、「水墨画」の本質に迫っていく。中国文明や西欧文明を取り入れながら、培ってきた日本人独自の美的感覚、それは「間」の感覚だという。間は空虚なものではなく、そこに存在するものであり、色も間も、墨も、すべて「物質」。それを構成するのが、水墨画だ、と海野さん。
 「俵屋宗達が何をしたかったのか、そして水墨画が何なのかが、最近、ようやく分かってきた。そのことを若い世代に伝えていきたい」と語る。
 海野次郎さんの個展は5/3~5/11、GALLERY CAPARISON(三鷹市下連雀2-12-29山本有三記念館隣り)でも開催される。11時~18時(最終日17時終了)、月曜休廊。                 (高校27回卒・落合惠子)

海野 次郎(うんの・じろう)さん略歴
1952年 7月15日 東京都に生まれる。
1975年 京都市立芸術学部日本画科を卒業。
1986年 水墨画研究のために東京奥多摩町に転居。画房「曇華庵」を開く。
1997年 東京にて個展。水墨画の発表を開始。
1999年 京都にて個展。2001年~現在、毎年開催。
2010年 『水墨思想―日本美の展開とグローバリズム時代の「間-Ma」』上程。
個展を中心に活動。個展多数。