会長就任のご挨拶
熊杏会会長 片渕秀隆(昭和57年卒業)
同窓会の皆様にはご健勝にてご活躍のことと拝察いたします。また平素より格別のご高配を賜り厚くお礼申し上げます。このたび、令和8年度総会での承認を得て、遠藤文夫前会長の後継として、熊本大学医学部同窓会熊杏会の第16代会長に就任いたしました。伝統ある同窓会組織の運営にあたり、急激に変化する社会の中で、広い視野に立ち、会員の皆様のご要望にお応えするとともに、熊本大学医学部を支援できるよう全力を注ぐ所存でございます。なお一層のご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
熊本における医育の歴史は、1756(宝暦6)年12月に肥後国熊本6代藩主の細川重賢公によって創設された日本初の公立医学寮である再春館を嚆矢とします。その後1896(明治29)年9月に開設された私立熊本医学校へと続き、1949(昭和24)年5月に国立大学となった熊本大学の医学部は日本で一番歴史の長い医学部として紹介されています(石田純郎.大塚薬報 804: 24-27, 2025)。医学部同窓会は、1929(昭和4)年5月の官立熊本医科大学の誕生とともに設立された学友会の中で発足しています。第2次世界大戦中に国策により一度は解消されましたが、1956(昭和31)年10月に再結成され、今年は丁度70年という節目を迎えました。
過去10年を振り返りますと、2016(平成28)年4月の熊本地震、そして2019(令和元)年12月から4年間に及ぶ新型コロナウイルス感染症のパンデミックと困難が続きました。しかし、この間の熊杏会は、二塚 信元会長(現顧問)の下、大地震で生活や勉学に支障を来した医学生への物心両面の支援を行い、また『医学部創立120周年記念事業』の一環として肥後医育ミュージアムを改修し、昔寿メモリアル収蔵庫を完成させました。また、1871(明治4)年7月に官立医学所として開設した通称古城医学校で学んだ北里柴三郎の肖像が新千円札に登場したことを機に、遠藤文夫前会長(現顧問・肥後医育ミュージアム名誉館長)の下、『北里柴三郎記念イヤー2024』とする一連の催しの中で、「北里柴三郎先生と恩師マンスフェルト先生のレリーフ像」を熊本大学病院玄関に掲額し、優れた研究業績をあげた若い医師を顕彰する「マンスフェルト賞」を創設しました。
卒業生の交流や母校の支援を目的とした数々の里程標が残されてきた一方、社会環境の大きな変化の中で、熊杏会も例外なく組織運営においては多くの課題に直面しています。5,144名の会員数を誇る私たちの熊杏会が、この節目の年に熊本の医療知を次世代と県民にひらくプラットフォームとしての役割を果たせるようその再構築を図り、本会の骨格である『熊杏』誌についても次の100年へ継承する「知のアーカイブ」を目指し、ブラッシュアップして参ります。
肥後医育ミュージアムには、1897(明治30)年卒業の8名から2025(平成7)年卒業の121名まで12,257名の卒業生全員の名前を記した銘板が設置されており、ここには毎年新たな卒業生の名前が刻まれていきます。是非一度ミュージアムをお訪ねください。
