146 記念樹

本館校舎西側とグラウンドとの間の通路に、昭和35年(賀茂第11回)卒業記念樹の石柱碑があります。植樹(寄贈)されたサルスベリとニシキギの名称、そして「原爆の花」と刻まれています。どちらの木も夏にかけて開花し、その代表であるキョウチクトウとともに復興・希望のシンボルとされる植物です。昭和35(1960)年頃は、壊滅的な被害を受けた広島市の本格的な復興とともに反核・平和のうねりが全国的に高まっていた時期かと思われます。

平成2年から4年まで、賀茂高校の校長として勤務された 故 溝西  護 先生(広島県立第二中学校〔現 広島観音高校〕在学時に13歳で被爆)は、戦後の学制改革にともない、昭和25年に本校の前身である西条高校を卒業。被爆時に行動を共にしていた友人とは、それ時以来生き別れとなっていましたが、18年後の昭和38年に溝西先生が賀茂高校へ異動された際、同僚教員の一人として運命的な再会をしたそうです。そして、この記念樹「サルスベリ」の木を見て、被爆体験について感慨深く思い返したことを「被爆四十周年賀茂台地の声」(昭和61年刊)に寄せておられます。手記は こちら からお読みください。

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