235 原爆ドーム

今年は、原爆ドームがユネスコ世界遺産に登録されて30年の節目を迎えています。戦後、急速に進む街の復興の一方で、風雨にさらされる原爆ドームの傷みが目立つようになっていたころ、祇園高校1年生の楮山ヒロ子さんが1959年8月6日に書いた日記、そして、翌年の白血病による彼女の急死が、後の原爆ドーム保存活動の原点となりました。

「ぎせい者となり、親子がいっしょに暮らす事が出来ない人が何万人いるだろう」「あの痛々しい産業奨励館だけがいつまでも恐るべき原爆を世に訴えてくれるだろう」。六年後の1966年、広島市議会は原爆ドームの永久保存を決議しました。それから60年が経過し、原爆ドームは今も「無言の訴え」を続けています。

賀茂高校文芸部(班)の編集発行誌「尖塔」23号(1967年2月)には、原爆ドームを想う 広瀬 末子さん(1968年卒)の詩が掲載されています。

〈詩〉広島に生きている霊魂

私は淋しくなると必ずあなたをおとずれる

青い空の中で崩れかけた遺骸をうきたたせた日もある

又 雨で暗くなった夕暮れの中に かすんでみえるあなたを臨むときもある

高層建築のビルの中で ただ一人

あなただけは昔も変わらぬ姿で 今も絶える事のない憎しみで 広島の町をながめている

土色に変色したあなたの体には

二十年前の あのときの一瞬のせん光が今でも光っているような気がします

ボロボロになったあなたの体からは

どんなものをも あなたの前に屈従さす 真実なる訴えを感じる事ができるんです

私は淋しくなったとき 必ずあなたの前に行くんです

広島の町に 近代化の激しい原爆の町広島に

今も昔の姿で力強く生きている人間の様に

素朴で真なるあなたをみるとき 私には大きなはげましとなり

生きている過去の霊魂を感じるんです