上野勝敏・新校長インタビュー 「子どもの目線で語ってくれる卒業生の話は貴重」

 都立富士高校、附属中学校に、今年4月、上野勝敏校長が着任した。中高一貫校の2代目の統括校長として手腕が期待される。一貫校でどんな教育をしていきたいのか、若竹会と協力をどう進めていきたいかを聞いた(インタビューは6月12日、富士高校卒業生の安倍宏行さんの中学2年生向け講演の後、行った)。

――中高一貫校として富士高校がスタートして今年の4月から5年目がスタートしました。4月に着任され、どんな印象を持たれましたか。

上野 私はずっと都立高校で仕事をしてきましたので、中学校の入学式で、小学校を卒業したばかりの子どもたちを初めて迎え、新鮮でした。
 “異年齢交流”というのが本来、学校にたくさんあればいいと思っていました。たとえば、老人施設が小学校の近くにあれば、老人と子どもたちという年齢の違う人たちの交流ができます。そんなことを思い描いてはいたのですが、中学生と高校生も“異年齢”なのだなと実感しました。都立高校に通っていて、家に弟や妹がいるというのは珍しくないのですが、中学生が同じ敷地内にいることはあまりありません。高校生は「中学生の前で恥ずかしいことはできない」と思うでしょうし、附属中学の子どもたちは高校生をみて「すごいなあ、私もああなりたい」といった形で、近いところで、相互に刺激があると思うのです。
 それは中高一貫校の思わぬ波及効果なのではないでしょうか。中高一貫校を創設するとき、当然、長所としては挙げられていたこととは思いますが、それが、予想以上に、子どもたちにいい刺激になっているのではないでしょうか。

――確かに、6年間で一貫した教育が行えるということに重点が置かれていて、“異年齢交流”は、それほど注目されていなかったかもしれませんね。

上野 先日、体育祭があったのですが、中学生からみると、高校生は、本当に大人なんですね。自分の学校に行って、大人がいる、というのは、中学生にとって、すごいことなのではないでしょうか。同じ空間に大人のお兄ちゃん、お姉ちゃんがいる。

――実際に中学生と高校生が交流する機会は多いのですか。

上野 附属中学校でもクラブ活動や行事は別という学校もあります。でも富士は、クラブ活動も行事も一緒にやっています。

――クラブ活動も一緒なのですか。

上野 高校ではクラブ活動の顧問は学校内にいればいいということになっているのですが、中学校の場合はクラブ活動の顧問は必ず生徒の近くにいなければならないという決まりです。ですので、部活動の顧問は中学と高校にそれぞれいます。しかし、できるところはなるべく、一緒にやっています。

――オーケストラなども一緒に活動をしているのですか。

上野 練習も一部、一緒にやります。でも発表の場が、中学校の部と高校の部に分かれますので、レギュラーは別々にしなければなりません。合同練習はできますが、大会に備えての本番練習になると別々にならざるを得ません。

――球技のクラブは一緒に練習できるとレベルアップができそうですね。

上野 高校にはJリーガーだった人が外部コーチとして来ています。中学校のクラブ活動ですと外部人材の活用まではできないことが多いようですので、中学生にはメリットがあると思います。

――高校生が中学生に勉強を教えるような交流もあるのでしょうか。

上野 高校生が中学生を教えるというのはこの学校の特長になると思いますので、これから増えてくるでしょう。たとえば、中学校3年からは「探究未来学」ということで、自分でテーマを決めてリポートを作る授業が始まり、高校2年まで続きます。発表会がありますし、お互いのリポートを見せ合うような機会がありますので、交流が活発になると思います。
 また、中学3年から高校2年までは同じ自習室で勉強します。

――自習室というのは?

上野 家庭に帰って勉強するというのが今までは普通だったと思うのですが、家に帰ると勉強が手につかないが、学校だったら勉強できるという子もいますので、学ぶ空間を用意しています。あこがれの先輩と一緒に勉強ができるのはうれしいですよね。
 多くの都立高校は場所がないので、図書室を自習室にせざるを得ないのですが、富士は定時制があった時代もあるものですから、施設に若干余裕があります。その有効利用で、高校3年生用の自習室と、中学3年から高校2年までの自習室を用意しています。

――半分は高校から入学する人がいて、全員が中高一貫教育というわけではありませんが、中高の6年間でこんな教育をしたいというビジョンはありますか。

上野 富士の卒業生はグローバルに活躍する人が多いと思うので、英語は、コミュニケーション能力と捉えて、6年間、しっかり学んでもらいたいです。

――高校の修学旅行も海外なのですね。

上野 受益者負担ですから保護者の方には覚悟をしていただいているのですが、効果は高いと思います。物見遊山で海外旅行に行くのではなく、マレーシアの学校と交流しますから、得意になった英語を試すこともできますし、マレーシアの生徒と友達になることもできます。

――昔だと、友達になっても手紙をやりとりするしか方法がなかったわけですが、いまはメールがありますから継続して交流がしやすいですね。

上野 そうですね。英語さえできれば、友達の関係を続けられますね。

――英語に関心があり、世界に目を向けている子供たちは多いようですね。

上野 いまは英語教育が富士の特色なっていて、「富士に行けばたくさん英語が学べる」と思って入学してくる英語好きの子どもが多いです。

――今日は中学2年生に、「社会とのつながりとしての仕事」について富士高校のOBである安倍宏行さんにお話をしていただきましたが、安倍さんのお話に対して中学生の反応が急によくなり始めたのは環境問題が話題になっているときでした。国内の問題が国内にとどまらず、地球全体に影響を及ぼすのが環境問題ですが、そうした視点も学んでいるようですね。

上野 ジャーナリストがおっしゃっていることなので、「学校で学んでいることは本当なんだ」という感じでしたね。ふだんの勉強が深まったのでしょう。流暢に英語を使いこなし国際問題を語る大先輩に、憧れの気持ちもあったと思います。
 「探究」の授業では地球規模の問題や世の中の動きについても、自分なりに調べますので、「深まっていく」経験をこの学校の生徒はしています。
 今日は「進路探究」とい、自分たちの生き方、あり方を学ぶ授業の一環でした。授業のなかに先輩の話があったりすると効果的だと思っていましたの、今日のお話はありがたかったです。
 今後も今日のような形で先輩方から、いろいろな話をしていただけると、授業の一環として実施できます。

――進路探究というのは興味深い授業ですね。

上野 いま、私たちは「進路学習」というより「キャリア学習」といっています。進路というとどこの大学に行くとか、目の前のことを決めるイメージなのですが、いまは60歳以降も生きている限り、自分の人生をどうやってデザインしていくかが課題になっています。そういう「キャリアデザイン」という観点で子どもたちに人生を考えてもらうのが進路探究なのです。

――そんな先まで考えているのですか。

上野 大学さえ入ればいいわけではなく、そこから先の長い人生をどう描いていくかを考えてもらいます。
 今日の安倍さんのお話を聞いて、たぶん「余生はないのだな」と感じたと思うのです。余りの人生はないと。「生きている限り充実していないと、だめなんだ」と気づいたと思います。

――余生などない。60歳以降もどう生きるかを考えなければいけないというのは、大人でも最近、わかってきたことだと思うのです。

上野 終身雇用が崩れ、多難な人生が待っているのだと思います。順風満帆の人生は普通はないわけで、入った会社に退職までいるということも難しくなってくる時代だと思うのです。その意味で、ぶれることなく自分を大事にしていくことを学校で教えないといけません。
 子どものときにいい教育を受けて、いい発想法を学んでおくと強いと思うのです。頭が柔らかいときに多様なことを知っておくことが必要です。
 「認知の網」を広げるだけ広げてほしいです。

――「これは自分に関係ない」と思うのではなくて、いろいろなことを認知できるように幅広く関心を持とうということですね。

上野 ストライクゾーンを狭くしておくと、そこだけで終わってしまうので、とにかく広げるだけ広げていくというのがいまの学校の重要な役割だと思います。

――我々、卒業生はいろいろな形でご協力できそうですね。

上野 いろいろなところを歩かれて広く世界、世間を見てきた人が子どもたちに語りかけるお話には、一言も無駄はないです。生きた教科書だと思います。

――最近は、おじいちゃんやおばあちゃんとは別居していますし、近所付き合いも深くしないので、子どもたちは、あまりいろいろな大人を見る機会がないのではないでしょうか。

上野 異年齢交流が本当にないので、強いて学校というところで用意して、機会を設定してあげたいと思います。この若い多感な時期に、たくさんのことに触れてもらいたい。

――同窓会活動をしていて、若い世代に呼びかけても、あまり反応がありません。中学校、高校にいる間に、卒業生が後輩に接する機会をもっと作れば、同窓会の世代間交流も進むかもしれません。一緒に交流の舞台を作りたいですね。

上野 長い人生を歩んできた先輩だから、子どもたちの目線になって語りかけられることがあるのだろうと思います。人生の語り部が若竹会にはたくさんいらっしゃるのに、その方々との交流がまったくないのは、もったいないと思います。

――今回の進路探究の授業でお話できると言ってくださった卒業生のなかに、男女雇用均等法第一世代の女性がいらっしゃいました。働く女性のロールモデルとしてご苦労されたと聞いています。こうした方ははじめ、女性の生徒さんにお話されたほうがいいかとも考えたのですが、校長の「ストライクゾーンを広げる」というお考えに沿えば、男性にも聞かせるべき話だと思いました。いろいろなご協力ができそうです。

上野 子どもたちが気づいていないような分野のお話でも、そんなところに自分との接点があるんだということがわかって、刺激になると思います。

――今回は進路探究の授業の一環でしたので「仕事」がテーマでした。だれでも話せそうで、逆に難しいテーマでした。もう少し具体的なテーマですと、いろいろな卒業生に声をかけられるのですが。

上野 「こうでなければならない」と決めているわけではないのですが、「この方のお話を聞くと、子どもたちにこんな気づきを与えられる」といった、事前の打ち合わせはしっかりしたいですね。

――授業も担当される現場の先生が、こんなお話をしてくださる方はいないか、と早めに相談してくだされば、我々も卒業生のことが全部わかっているわけではないので、適当な人材を探すなどのアクションは起こせます。

上野 高校生は受験モードに入っていて、個別具体的なガイダンスに時間がとられてしまいますが、附属中学校の子どもたちには、先輩のお話をうかがえるような時間的なゆとりがあります。

――富士高校の卒業生は、「社会貢献をしたい」「若い世代を育てたい」という気持ちをお持ちの方が多く、きっと後輩のために、中学生の目線で話してくれると思います。

上野 中学生の子どもたちにバトンを渡すような気持ちで、これからも卒業生の皆様の御協力をお願いします。中学生たちは聞くもの見るもの、すべて初めてなんです。一気に40年くらい下の中学生にバトンを渡すのは、難しい部分もありますが、影響も大きいと思います。「次世代へのエール」としてぜひ、お願いします。

(インタビュー・構成/高校27回卒・相川浩之)

上野勝敏(うえの・かつとし)氏
昭和33年、岐阜県下呂市で生まれる。昭和56年、東京都に入都。社会科世界史の教諭として玉川高校で教員生活をスタートさせる。その後、成瀬高校、第二商業高校、野津田高校、副校長で三鷹高校(定時制)4年、小川高校4年、校長で永山高校3年。その後西部学校経営支援センター2年を経て、この春富士に着任。