昭和40年~昭和60年(1965~1985)
昭和40年の生徒数は1500名、学級数は30。大規模校時代を迎え、教室・施設の整備が充実。魅力ある学園づくりが進められました。
こうした中、昭和44年1月に始まった学生運動が、全国的な学園紛争へ。
所沢高校でも紛争が1年半続き、昭和47年3月、「服装の自由化」が決定された。
昭和46年、埼玉県最古の歴史を持つ商業科が終息、完全な普通校へ。
部活動、学校行事も活気を増し、県内でも有数の進学校として躍進していきます。
昭和40年の生徒数は1500名、学級数は30。大規模校時代を迎え、教室・施設の整備が充実。魅力ある学園づくりが進められました。
こうした中、昭和44年1月に始まった学生運動が、全国的な学園紛争へ。
所沢高校でも紛争が1年半続き、昭和47年3月、「服装の自由化」が決定された。
昭和46年、埼玉県最古の歴史を持つ商業科が終息、完全な普通校へ。
部活動、学校行事も活気を増し、県内でも有数の進学校として躍進していきます。