校歌の歴史
今回は「校歌の歴史」をお知らせします。
開校3年目を迎え1年生から3年生までがそろい、昭和53(1978)年6月1日に「開校記念式典」が行われました。学校長式辞、県教委挨拶、来賓祝辞、生徒会長と育成会長の謝辞に続いて校旗の披露があり、関係各方面への感謝状の贈呈のあと、公式の場では最後の開校歌が斉唱されました。
このあと「校歌発表会」に移り、コーラス部員による校歌の披露が行われました。この日以降は始業式や終業式等の場で、開校歌に代わって校歌が歌われるようになりました。前回のHP事務局だより「開校歌」で、1回生や2回生の先輩方には開校歌のほうが馴染みが深いとお知らせした理由は、校歌が開校3年目に完成したからでした。
私は入学して校歌を聴き、「武士(もののふ)」の読み方を初めて知りました。
一、猪名の流れを下に見て 四季の小鳥の声を聞く 古き源氏の武士(もののふ)が
心と体を鍛えたところ 明峰 明峰 我が母校
二、ここ萩原の丘の上 朝やけ空の風にのり 響く平和の鐘の音
豊かな生命(いのち)を育てるところ 明峰 明峰 我が母校
三、古今の知恵を掌(て)にもって ひたすら究める学の道 未来を築く若人の
夢をいだいて集まるところ 明峰 明峰 我が母校