18期生 西川 厳穂(吹田市在住)
大阪・関西万博は一般入場者二千六百万人という数字を残し、2025年秋に盛況のうちに閉幕しましたが、私たちが卒業した昭和
四十五年も当地吹田市で大阪万博が開催された年でした。入場者数は六千万人を超え、考えられないような賑わいでした。
この万博は私たちの卒業の年にあったのでよく覚えています。竹藪だらけの千里丘陵を開いて作られた人工の街、太陽の塔とパビリオン群は夢の未来社会のように見えました。一方でこの年は、70年安保闘争の年であり、フランスではパリ革命、秋には小説家三島由紀夫が割腹自殺をするという若者に多くの影響を与えた年でもありました。その背景には学校や社会の管理主義に対する漠然とした不安と抵抗があったように思います。アメリカのヒッピーはそうした象徴の一つでした。同期の方で、手元に卒業アルバムがある方は、最後のページを見てください。左下にアポロと書かれたロケットを引きずっているヒッピーがいます。そのヒッピー役が私です。
そんな私も気がつけば七十歳をとっくに越え、現役をリタイアしてから始めたチェロも十年になります。その節目にと豊中市立文化芸術センターでピアノ・トリオ(ピアノ、ヴァイオリン、チェロ)を演奏する予定でしたが、主催者の急病で中止となり、新大阪駅近くのピアノサロンで披露することになりました。立派なホールから小さなサロンへの変更は残念ですが、演奏が無事できたことを喜ぶべきなんでしょう。
曲目は、ベートーヴェンのソナタ悲愴、パッヘルベルのカノン、この二曲は生涯記憶に残りそうです。あと何年音楽を楽しめるか分かりませんが、これから先もチェロを友に残された日々を幸せに過ごしたいと願っています。

演奏会でチェロを弾く西川さん。
経歴
| 昭和45年 | 吹田高校卒業 |
| 50年 | 島根大学卒業 |
| 平成7年 | 製薬メーカーを退職し、吹田市議会議員に就任 |
| 平成27年 | 吹田市議会議員の職を離れ、以降炬燵ネコの暮らしに入る |


