30回生 藤崎 耕治 様

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第14回目は藤崎耕治様にお願い致しました。

藤崎 耕治(旧姓小山)さん 30回生(昭和54年卒業)

普通科 ハンドボール部

【卒業後の略歴】

1983年3月岐阜大学土木工学科卒業。

1983年4月株式会社大林組入社、シンガポール、名古屋市営地下鉄建設工事等のプロジェクトを担当。

1991年マサチューセッツ工科大学建設経営コース修士課程終了。

1991年9月藤崎真美と結婚。

1997年3月株式会社大林組退社、同年4月藤崎電機株式会社入社。

2011年株式会社ガイアパワー設立、代表取締役就任、2014年藤崎電機株式会社代表取締役就任。

2019年株式会社GF代表取締役

【桜台高校での思い出】

高校時代はハンドボール一色でした。入学式前に練習に参加、最後の春の選抜大会では練習の甲斐あり、全国3位になったことが最高の思い出です。朝から晩まで練習に明け暮れ、授業中は寝てばかりで、1年生の成績はずっとクラスでドベ3でした。帳尻あわせで3年生の夏休みから、数Ⅰから勉強したのを思い出します。

高校時代の友人と3年生のとき山陰地方の山登りに行き、下山中遭難しかけ、迷ったあげく、翌日の遠足に間に合うように帰ろうと、ヒッチハイク、そして、夜行列車を乗継ぎ名古屋に帰ったことも楽しい思い出です。

【現在のご活躍】

卒業後は岐阜大学を卒業後、建設会社の大林組に入社し、シンガポールを皮切りに国内外の現場でトンネル、埋立て、ダム、橋梁、ゴルフ場などの建設に携わりました。1989年からは社費でMITに留学し、そこでの最大の成果は家内の真美に出会ったことです。1991年5月3日に出会い9日後の12日にプロポーズしました。この9月21日で満28年となります。

結婚して6年後大林組を退社し、名前を藤崎にそして義父の創業した藤崎電機に入社しました。全くの見ず知らずの土地での再出発、不安とともに大きな志を持って船出いたしました。大きな志とは地球温暖化の進行を少しでも食い止め、未来の子供たちのため持続可能社会を実現することです。

MIT留学中にある教授から地球はこのままでは危機的状況になり、100億人まで増えた人口が21世紀中には激減すると言われ、それを技術者として何とかしたいと決意したのが、志の原点です。

1997年入社後、太陽光発電を早速始め、2011年には発電事業を主体的に行うガイアパワーを設立し代表に就任しました。それ以来、全国で太陽光発電、風力発電、バイオマス発電等の事業を展開し、毎年半分以上は出張の毎日です。その甲斐あって、現在日本でも有数の規模を誇るGFグループ太陽光発電所を建設中で、2020年3月からは売電を開始いたします。

現在は義父の創業した藤崎電機とガイアパワーを9月1日に合併し、株式会社GFとして自然エネルギー発電関連事業やリチウム電池の材料などを作る、オリジナルの化学プラント、工場向けの自動化装置の製造などをしています。徳島県阿南市という田舎で家内と仲良く暮らしています。一人娘は京都の芸大で現代アートしています。

gfcorp.jp

(編集者より)

桜台高校といえばハンドボール部が全国的にも有名ですよね!入学前から練習が始まっていたとは驚きです。全国3位という素晴らしい快挙を成し遂げた裏ではハンドボール漬けの日々があったのですね。

ヒッチハイクの大冒険も、ご無事に戻られて本当に良かったです。とても活発な高校生活が伺えますね。