母校人物群像

正田二郎(中24)【画家】

正田二郎氏は正田壤の父である正田太郎の弟として新田郡綿打村大字花香塚(現・太田市新田花香塚町)に生まれ、旧制太田中学校を卒業後しばらくして前橋に転居し、群馬県庁に勤めた。油彩画は太田中在学時から始めており、県庁在勤中に出品した《M市公園》(1931)が「第12回帝国美術院展覧会」(以降、「帝展」と記載)に初入選。これがきっかけで上京を果たし、茨城県出身の画家・熊岡美彦(1889-1944)に師事し、本格的に画家としての歩みを進めた。熊岡が組織した美術団体「東光会」を主な活躍の場とし、その他「帝展」などの官展にも入選を果たした。しかし、太田中学校卒業後から患っていた病により、入院や全身を拘束されるような療養を強いられながらの制作であり、戦争により埼玉に疎開したのち1949年に42歳という若さでこの世を去ってしまった。
(「矢ヶ﨑結花|正田二郎という画家」から抜粋)

【本校所蔵の正田二郎氏の作品は3点】

タイトルとURLをコピーしました