母校人物群像

吉野照蔵(中36)【清水建設第9代目社長】

吉野 照蔵(吉野 照藏、よしの てるぞう、1918年〈大正7年〉7月19日[2] – )氏は、日本の経営者。清水建設9代目社長。

来歴

群馬県佐波郡境町(現・伊勢崎市)出身。旧制群馬県立太田中学校、旧制水戸高等学校、東京帝国大学工学部建築学科卒業。

1942年(昭和17年)、株式会社清水組(現・清水建設)に入社。

戦時中はセレベス島(現・スラウェシ島)のケンダリで第753海軍航空隊として勤務し、後に海上保安庁長官となる栃内一彦は上官であった。

1970年(昭和45年)、清水建設取締役に就任。

1981年(昭和56年)6月に清水建設社長に就任。

在任中は前社長野地紀一の積極経営路線を継承し、TQCを基盤とするEC(エンジニアリング・コンストラクター)化と国際化を推進し、請負体質からの脱却を図った。また総合技術力の強化のため、耐震構造分野の世界的権威、大崎順彦を招聘した。

1988年(昭和63年)4月、日本鉄道建設業協会会長に就任。同年11月、海外建設協会「中国建設事情視察団」の団長として訪中。

1989年(平成元年)6月、建築・設備維持保全推進協会(現ロングライフビル推進協会)初代会長に就任。病気のため東大病院に入院。

1990年(平成2年)5月、海外建設協会会長に就任。同年6月、清水建設代表取締役会長に就任。

1991年(平成3年)5月、日本建設業団体連合会会長に就任し、指導力を発揮。

1984年(昭和59年)春の褒章で藍綬褒章を受章しているが、2006年(平成18年)6月23日返上。

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