母校人物群像

秋草篤二(中26)【元電電公社総裁】

秋草 篤二氏(あきくさ とくじ、1909年〈明治42年〉7月7日 – 2001年〈平成13年〉11月22日)は、日本の逓信官僚、実業家。日本電信電話公社総裁。

経歴

群馬県山田郡矢場川村(現・栃木県足利市)に生まれる。旧制太田中学校(現・群馬県立太田高等学校)を経て、1934年(昭和9年)に東京商科大学(現・一橋大学)を卒業。卒業後、日本無線電信に入る。

戦後逓信省に入り、1947年(昭和22年)総務局監理課長。1949年(昭和24年)AT&T留学、電気通信省経理局会計課長となる。1952年(昭和27年)日本電信電話公社が発足すると同社に移り、資材部長、経理局長、理事、総務理事を経て1965年(昭和40年)副総裁。1977年(昭和52年)に第4代日本電信電話公社総裁に就任した。

在任中は、「改良第6次5ヵ年計画」を実施。加入電話の積滞解消や全国自動即時化、自動車電話サービス(現在は、NTTドコモが継承)開始などサービス向上に努めた。1983年(昭和58年)11月に勲一等瑞宝章を受章。富士通株式会社元社長・秋草直之の実父。

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