沢野地域を基盤として活躍された同窓生の中から、清水房之丞(中20回・故人)、赤石光雄(高28回)の両氏を「我が支部の誇り」として推薦致します。
両氏は文芸と建築という分野で活躍した方で、それぞれの世界で高い評価を受けております。
【各氏の業績】
清水 房之丞(中20回)
明治36年生~昭和39年没。
旧沢野村牛沢に生まれる。大正5年旧制太田中学に入学。太田中学校「校友会々会報」に散文や報告文を発表、文学活動を始める。大正10年群馬師範学校に入学、詩人としての一歩を踏み出す。
群馬師範の同級生に大槻三好がいる。
高村高太郎や萩原朔太郎、佐藤惣之助といった詩人と交わる。
詩詩「青馬」、「上州詩人」を創刊し、多くの詩人達の活動を支援した。代表的な詩集として『霜害警報』がある。田園詩人と称されるように郷土の風土で生きることの強さと誇りを表現する作品が多い。
生涯小学校教師として務め、校歌の作詞も多い。
赤石 光雄(高28回)
宮大工として社寺建築分野で多くの実績をもつ赤石建設株式会社代表取締役社長。
安政年間の創業以来5代にわたる建設業を受け継ぐ。太田市を中心に、栃木県、埼玉県、東京都などの近県で、社寺の造営や修復で100件を超える実績を持つ。
冠稲荷神社本殿・拝殿、大光院吉祥門など重要文化財修復も行っており、この建築分野で高い評価を受けている。伝統的建築技術の継承にも力を注いでいる。

