金山京浜同窓会関連出版物

【同窓生の著書紹介】シルクロードの国造りに挑んだ「文武両道」の太高魂 ――『キルギス大統領顧問日記』を読む


                             
                              文:金山同窓会 事務局

わが母校・群馬県立太田高等学校の卒業生であり、元日本銀行参事考査役、中央アジア・コーカサス研究所長等を務められた田中哲二先輩(高16期)の名著『キルギス大統領顧問日記-シルクロードの親日国で』(中公新書)が再版されましたので改めてご紹介します。 本書は、1990年代半ばのソ連邦崩壊という世界史的な激変の波に翻弄された、他に日本人が一人もいなかったという中央アジアの小国・キルギス共和国において、同国の最高指導者や現地政府当局者と共に少数民族国家の経済再生に挑んだ田中先輩の足跡を刻んだ貴重なドキュメンタリーです。
〇異国からのSOS――日銀幹部からキルギス共和国大統経済顧問へ
 1991年のソ連邦解体により突如として独立を促されたキルギス共和国は、それまでの社会主義経済体制の崩壊により、ハイパーインフレーションと経済機構の大混乱の中に投げ込まれました。社会主義計画経済から自由な市場経済への移行という前例のない難局に瀕した同国は、IMF(国際通貨基金)を通じて日本政府に金融・経済政策のアドバイザー派遣を要請してきました。
 この大任を託されたのが、当時日本銀行で国際金融情報センター統括審議役や国際局参事・考査役などを歴任していた声が大きくて身体強健のエコノミスト田中哲二先輩でした。1993年秋、日銀・IIMFからの派遣で現地に赴いた先輩は即キルギス中央銀行最高顧問に就任。さらに、その卓越した金融・経済に関する見識と同じアジア人としての感性に基づく情熱的な仕事振りが短期間のうちに独立後初代大統領A・アカエフの絶大な信頼を獲得して、大統領経済顧問という国家運営の中枢に直接関与するポジションに抜擢されました(直後に、大使不在の日本の代表として中央ユーラシアで初めて設置された「日本センター」の初代館長を兼務)。中央銀行の金融政策アドバイザーの枠を大きく超え、金融・経済以外の大統領からの種々の諮問にも応えるという謂わば一国の「知恵袋」として新生キルギス共和国の国造りを支える日々が始まりました。
〇現場重視主義と「人間味」溢れる支援活動の記録
 本書の真骨頂は、通り一遍の途上国開発の金融・経済政策の解説書ではなく、東西冷戦崩壊直後の経済混乱の激動期を生き抜いた中央アジアの一般市民の息遣いが伝わってくるような「現場の書・現場の日記」であるという点です。筆者は、途上国に対する国際金融界の冷徹な目線や、IMF本部と現場で生ずる温度差、不十分な日本からの支援体制等に対する葛藤を抱きながらも、常に同じアジア人であるキルギス市民に寄り添いその目線の延長上で物事を処理してきました。大統領や経済閣僚との激論、街のバザール(市場)での庶民との心温まる交流、金融・財政・経済政策に関わる現地スタッフの丁寧な育成等々、どんな過酷な条件下にあっても誠実な対話の姿勢を崩さなかった田中先輩の姿勢は、空っ風に鍛えられた質実剛健の気風と上州的人情味を兼ね備えた「太校精神」の発露ということも出来るでしょう。
 本書のサブタイトルが示すように、キルギス共和国(旧称キルギスタン)は、世界中で最も日本人に似た風貌を持ち、古くからの伝説では「アルタイ山脈から南下した諸部族のうち魚が好きだったものが東に行き海を渡って日本人になり、肉(主に羊・馬・ラクダ)が好きだったものが大陸内部の平原に留まりキルギス人になった」という風に言われいるほどです。第二次大戦末期にソ連軍に捕虜となり中央アジアに抑留された旧日本軍人・軍属の真面目な労働活動(一番有名なのが、ウズベクのタシュケントオペラ劇場の建設工事)と田中先輩の活躍は、こうした歴史的な心情関係を一層厚いものにしたと考えられます。本書を通して見えてくるものは、歴史的にも親日観の強い人々との信頼関係を現在の草の根的な経済交流・文化交流に結び付け、二国間の友好・平和共存関係に昇華・結実させていくという「真のエリート外交」の姿と言っても過言ではありません。
 現代の私たちに問いかける「真の途上国支援」とは、当該国の①平和の維持・確保②市民生活・福祉の向上、③国際社会における地位の向上、等ですが、その国・その民族の歴史と文化を尊重して付き合うことがより大切です。本書にはこの点も屡々述べられています。
 田中先輩が30年間にわたり現地で蒔いてきた種は、キルギスの自立した経済体制の構築だけではなく、人間関係でも日本と中央アジアの橋渡しとして成長しています。例えば、この9月中旬に筆者が経済調査団の団長として再訪したキルギスでは、行政府の大臣・次官クラスや企業経営者に出世した現地の大学・大学院での元教え子たちがスケジュール全体を管理して、空港での送迎・要人との面談・各種の歓送迎会等をすべて取り仕切ってくれたとのことです。
 グローバル化が極致に達し「力は正義」と称する大国の横暴の常態化によって、国際秩序が全く不透明感に包まれてしまっている現代において、個々の日本人が勇気をもって国際社会とどういうスタンスで向き合っていけばいいのか、本書の投げかけるメッセージには重いものがあります。国内外で所属する機関の論理だけに固執せず、オールジャパンの代表のつもりで健全なる精神をもって中央アジアの現地に飛び込み、文化と人間関係の尊重を根底に小国の国家の危機を救った一人の太高OBの行動軌跡は、これから世界や日本社会に羽ばたこうとしている現役の太高生はもちろん、社会の第一線で活躍するすべての同窓生にも大きな勇気と示唆を与えるものと確信します。
 因みに、田中先輩は85才になる本年もほぼ現役並みの活動を続け、太校の「金山京浜同窓会会長」から「同名誉会長」を務め、外部では内外の幾つかの大学の「客員教授」「実働の名誉教授」を、また「(財)中国研究所・会長」、「中央ユーラシア総合調査会・理事長兼会長」として研究活動、執筆活動、講演活動を続けているほか、一番安い「エコノミークラス」の飛行便に飛び乗り、主に中国・中央アジア・東南アジアの要人対話・調査訪問を繰り返しており、これも我々を元気付けてくれている要因となっています。

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